地方自治法に基づく金銭債権処理上の消滅時効について
「時効」とは、法律上の真実がどのようなものであるかに関わらず、一定の事実状態が継続し、一定期間経過した場合、これを尊重して正当な事実状態として認め、その上に築かれた法律関係の安定を図る制度となります。
この制度は、私法上又は公法上の法律関係に関わらず、一般法の原則として認められるものとなります。
民法では、これにつき一定の事実関係について、元々存在しなかった権利を与える「取得時効」と、元々存在していた権利が不行使状態の継続により消滅させられる「消滅時効」との両方を定めています。
こちらでは、地方自治法第二百三十六条に基づく金銭債権処理を中心として消滅時効について解説します。
1 消滅時効
「消滅時効」とは、債務者側が法律上の返済等をすべき義務を履行せず、債権者側は返済を求める等をすべき権利を行使しないといった事実状態が継続し、これが一定期間経過した場合に、この事実状態を尊重し、その本来の権利義務に関わらず、この事実状態に合わせて当該権利義務関係を消滅させる効果をいいます。
このように、時効の要件が完成することを、「時効の完成」といいます。
時効の完成がなされると、私債権にあっては、民法の規定に基づき、時効により直接の利益を受ける者が、当該債権者に対し、時効の利益を受ける旨を主張(以下「時効の援用」といいます。)することにより、権利義務の消滅といった当該時効の利益を得ることができます。
ただし、公債権にあっては、地方自治法第二百三十六条第二項の規定により、時効の援用を要せず、時効の完成をもって絶対的な消滅時効が成立します。
(1) 消滅時効の進行
債権の消滅時効は、権利を行使することができる時から進行します。
権利を行使することができる日とは、権利行使について法律上の障害がなくなったときを意味します。
この障害とは、履行期限の未到来などをいいます。
具体的には次の表に掲げるとおりとなります。
また、この考え方は私債権、公債権の別なく適用されます(民法第百六十六条第一項、地方自治法第二百三十六条第三項)。
権利 | 進行時点 |
---|---|
期限の定めがある債権又は確定期限のある債権 | 確定期限の到来時(民法第四百十二条第一項) |
不確定期限のある債権 | 期限到来後に履行の請求を受けた時又はその期限の到来したことを知った時のいずれか早い時(民法第四百十二条第二項) |
期限の定めのない債権 | 履行の請求を受けた時(民法第四百十二条第三項) |
定期金債権(定期的に金銭その他の代替物の給付を受けることを目的とする債権をいう。年金、地代などをいいます。) | 権利行使できることを知った時から 10 年間行使しない時又は権利行使できる時から 20 年間行使しない時(民法第百六十八条第一項) |
債務不履行による損害賠償請求権 | 請求した時点(民法第四百十二条第三項及び第四百十五条)。 |
不法行為に基づく損害賠償請求件 | 被害者が損害及び加害者を知った時又は不法行為のとき(民法第七百二十四条前段)。 |
地方税 | 法定納期限(又は地方税法(昭和二十五年法律第二百二十六号)第十八条第一項各号に掲げる日)の翌日 |
その他 | 権利を行使することができるとき。 |
(2) 時効期間
@ 私債権に関わるもの
「私債権」とは、双方の当事者の合意により成立する契約等といった私法上の原因に基づいて発生する債権をいい、その根拠は民法等私法によるものとなります。
また、私債権は、民間だけに発生するものではなく、国や普通地方公共団体であっても、私人の立場で契約等を行なえば私法が適用され、私債権(※)となります。
※ 地方自治体が徴収している債権のうち、私債権であるものの例は次のとおり。
学校給食費、公営住宅使用料、公立病院診察料、水道料、各種貸付金等その他私法を根拠に成立する債権をいいます。また、公営住宅使用料のように、使用料という名称の債権は全て、私債権又は公債権と単純に分類することはできません。
権利 | 有効期間 | 根拠 |
---|---|---|
債権 | 5年又は 10 年(※) | 民法第百六十六条第一項 |
債権又は所有権以外の財産権 | 20 年 | 民法第百六十六条第二項 |
定期金債権 | 10 年又は 20 年(※2) | 民法第百六十八条 |
不法行為損害賠償請求権 | 3年又は 20 年(※3) | 民法第七百二十四条 |
生命・身体の侵害による損害賠償請求権 | 5年又は 20 年(※4) | 民法第百六十七条による同法第百六十六条第一項 |
※ 債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき又は権利を行使することができる時から 10 年間行使しないとき。
※2 債権者が定期金の債券から生ずる金銭その他の給付を目的とする各債権を行使することができることを知った時から 10 年間行使しないとき又は各債権を行使することができる時から 20 年間行使しないとき。
※3 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき又は不法行為の時から 20 年間行使しないとき
※4 生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効は、権利を行使することを知った時から5年間行使しないとき又は権利を行使することができる時から 20 年間行使しないとき。
※5 令和2年4月1日施行の改正民法の施行日前に債権が生じた場合又は施行日前に債権発生の法律行為がされた場合の債権に係る消滅時効は、改正前の民法等の規定が適用されます。
A 公債権に関わるもの
「公債権」とは、法令等に基づいた行政庁の処分といった公法上の原因により成立し、又は発生する債権をいい、その根拠は、地方自治法、地方税法、国民健康保険法(昭和三十三年法律第百九十二号)、生活保護法等といった法令によるものとなります。
また、公債権は、強制徴収公債権と非強制徴収公債権とに分けられます。
権利 | 時効期間 | 根拠 |
---|---|---|
金銭の給付を目的とする普通 |
5年 | 地方自治法第二百三十六条第一項 |
地方税 | 5年 | 地方税法第十八条 |
国民健康保険料 | 2年 | 国民健康保険法第百十条 |
(3) 時効の援用が必要な債権債務について
先に公債権は絶対的消滅時効が成立しますと説明しましたが、私債権は時効の援用が必要となります。
時効の援用が必要な債務は、時効の完成をもってもその利益を受けることはできません。
そのため、必ず主債務者等時効の利益を直接的に受けるもの又は直接的に義務を免れるもの(以下「主債務者等義務を免れるもの」といいます。※)により、時効の援用をする必要があります。ここでは、その時効の援用と、時効の利益の放棄について解説します。
※ 「主債務者等義務を免れるもの」とは、主債務者、連帯債務者、保証人、連帯保証人等をいいます。
@ 時効の援用
あ 時効の援用とは
時効の援用とは、前述のとおり時効の完成後、時効の完成により直接の利益を受ける者が、時効の利益を受ける旨を主張することをいいます。これは、時効の制度の趣旨として、時効の利益を受けるか否かについて、主債務者等義務を免れるものの意思を尊重し、その自由な判断に委ねるという考え方があるからです。
また、時効の援用の効果は相対効(当事者間にのみ効力が及ぶことをいいます。)となります。これは、時効の援用をすることが可能な者が複数いた場合でも、その効果は原則として実際に援用した者にのみ生ずることとなります。
※ 参考 民法第百四十五条「時効は、当事者(主債務者等義務を免れるものをいいます。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。」
い 時効の援用の場所
判例及び通説では、時効の援用は、裁判上又は裁判外を問わず行うことができます。
また、裁判上で行う場合は、事実審における口頭弁論終結時までにすれば良いこととなりますが、時効の援用をすることが可能な者が時効の援用をしないまま、その裁判において、敗訴判決が確定した場合、当該時効による時効の援用を主張することはできません。
このような理由により、時効の援用を主張することができなくなった場合の法的な効果は、「時効の更新」(特定の事由により、債権の時効期間の進行の効力が失われることをいいます。なお更新後は、新たに時効期間の進行が始まります。)となります。時効の更新が生ずると、敗訴前の時効にかかる時効の援用を行うことはできませんが、時効の更新が生ずることとなった以後、新たに完成した時効に基づく、時効の援用は可能となります。
A 時効の利益の放棄
時効の利益を受ける者が時効の完成後に、その利益を受けない旨を意思表示すると、時効の利益を放棄することができます。また、直接的な意思表示ではなくても、主債務者等義務を免れるものが時効の完成後に、その債権者に債務を承認する旨の文書を提出することや債務の一部の返済を行った(以下「債務承認行為」といいます。)場合も同様に時効の利益の放棄となります(※)。
この時効の利益の放棄の効果は、時効の更新となります。時効の更新が生ずると、当該放棄前の時効の援用を行うことはできませんが、時効の更新が生ずることとなった以後、新たに完成した時効に基づく、時効の援用は可能となります。
※ 参考 最高裁判所大法廷(昭和 41 年4月 20 日判決。昭和 37 年(オ)大 1316 号)
「消滅時効完成後に債権者に対し当該債務の承認をした場合には、時効完成の事実を知らなかったときでも、その後その時効を援用することは許されない。」
時効の利益の放棄は、民法第百四十六条の規定によりあらかじめ放棄することはできません。また、同条は強行規定であることから、時効の利益の放棄について、双方の当事者の合意により契約条項等に定めたとしても、当該契約条項等は、無効となります。
また、債権者が時効の援用を行わせないようにする意図を持ち、相手の取引経験等や法的知識の少なさ等を利用し、言葉巧みに債務承認行為を行わせた場合、裁判で信義則に反すると判断されれば、この時効の利益の放棄は無効となります。
(4) 時効の援用が必要のない債権債務について
先に説明しましたとおり、公債権は、地方自治法第二百三十六条の規定により法律に特別の定めがある場合を除くほか、時効の援用をせずとも、絶対的な消滅時効の効果を得ることができます(このことを以下「絶対的消滅時効」といいます。)。
この絶対的消滅時効が、地方自治法に採用された理由は、当事者が時効を援用したりしなかったりすることによって生ずる普通地方公共団体の不公平な処理を排除することが目的となります。
このことから、公債権は、法律に特別の定めがある場合を除くほか、消滅時効が完成したときは、当該消滅時効にかかる債務は当然に消滅するため、以後普通地方公共団体は、その債権を相手方に請求することができません。。
(5) 時効の更新について
@ 時効の完成猶予及び更新
時効の更新とは、承認等その他の事由により、債権の時効期間の進行の効力が失われ、新たば時効期間の進行が始まることをいいます。また、時効の完成の猶予とは、裁判上の請求その他の事由により、その期間内に時効期間満了日が存する場合、満了日までは進行しますが、満了日を迎えても時効は完成しないというものです。つまり、完成猶予期間中でも時効の進行は妨げられませんが、完成猶予期間中は時効が完成しないというものです。また、これらは、私債権又は公債権に関わらず、別に定める法律がない場合は、民法の規定を適用します。
その他の事由とは、次の事由をいいます。
あ 裁判上の請求等(民法第百四十七条、第百四十八条及び第百五十三条)
訴えの提起、支払督促、支払命令、和解及び調停の申立て、破産等手続参加の申立ての場合は、その権利が確定されるまでの間、又、強制執行、担保権の実行、担保権の実行に係る競売、財産開示手続の場合は、その事由が終了するまでの間、時効の完成が猶予されます。その後、権利が確定し、又はその事由が終了した場合は、時効が更新され、新たな時効が進行します。ただし、これらの請求などが認められず又は取下げ若しく取り消しされたなどの場合は、その終了の日から6か月、時効の完成が猶予されます。
普通地方公共団体が行う、地方自治法第二百三十六条第四項の規定に基づき、法令の規定により普通地方公共団体がする納入の通知及び督促は、私債権又は公債権のいずれも(※)民法第百五十三条の規定に関わらず、これらの請求を経なくても、時効の更新の効力が生ずることとなります。ただし、督促を複数回行った場合であっても時効の更新の効果が得られるのは、最初の督促に限られます(※2)。
※ 通知
「第 236 条第4項の督促には私法上のものを含むか」(昭和 38 年 12 月 19 日自治丁行発第 93 号。各都道府県総務部長宛 行政課長通知の一部)
問 新法(地方自治法をいいます。)第二百三十六条第四項に規定する督促に私法上の債権にかかる督促も含まれるか。
答 法令の規定によりする督促についてはお見込のとおり。
※2 行政実例
「督促と時効の中断(改正前の民法における時効の完成猶予及び更新をいいます。以下同じです。)との関係」(昭和 44 年2月6日自治行第 12 号 東京都経済局長宛 行政課長回答)
問 地方自治法第二百三十六条第四項の規定は、法令の規定により、地方公共団体がする納入の通知及び督促は、民法第百五十三条の規定に関わらず、時効中断の効力を有するとあるが、督促のつど中断すると解することができるか。本貸付金の滞納処理については、滞納後において納期を定めて督促状を発送しているが、なお、納入がない場合には、内容証明郵便等をもつて再三の督促を行なつている。この場合には督促のつど何回でも時効中断効力があるものと解し処理できるか。
答 法令の規定により普通地方公共団体がする督促は、最初のものに限り時効中断の効力を有すると解される。督促後相当の期間を経過してもなお履行がないときは強制執行等の措置をとるべきである。
い 差押え、仮差押又は仮処分
う 承認
その債務に係る時効の完成後、主債務者等義務を免れるものが、その時効の完成以前又は以後に関わらず、自ら債務が存在することを認めることをいいます。ここでいう認めることとは、債務承認行為をいいます。ただし、時効の完成以前に時効の利益の放棄の趣旨をもった債務承認行為を行った場合は、無効とされる可能性があります。
A 時効の完成猶予及び更新の効果の範囲
あ 時効の完成猶予及び更新の効果の範囲の原則
民法第百四十七条から第百五十一条までの規定による時効の完成猶予及び更新の効果は、同法第百五十三条の規定により、当事者及びその承継人の間においてのみ、その効力を有します。そのため、事由が生じていない当事者及びその承継人並びにそれ以外の第三者との間では時効の完成猶予及び更新の効果が発生しません。このことから、保証人に対するこれらの効果は、主債務者等に効果が発生しません。
い 時効の完成猶予及び更新の効果の範囲の例外
(あ) 主債務者の時効の完成猶予及び更新の効果の範囲
民法第四百五十七条第一項の規定により、主債務者に対する履行の請求その他の事由による時効の完成猶予及び更新は、保証人に対しても同じ効果が発生します。
(い) 連帯債務者及び連帯保証人の時効の完成猶予及び更新の効果の範囲
民法第四百四十一条の規定により、複数の連帯債務者が存在する場合における連帯債務者の一人に対する履行の請求(連帯債務者の一人との更改及び相殺を除きます。)は、他の連帯債務者に対してその効力は発生しません。また、この効力は同法第四百五十八条の規定により連帯保証人に同じです。
(6) その他の事情による時効の完成猶予について
時効の期間の満了時等に、次のような事情がある場合は、時効の完成猶予がされます。
これらは公債権であっても、法律で特別の定めがある場合を除き、民法の規定に従います。
@ 裁判上の請求又は強制執行等による時効の完成猶予及び更新の手続をすることが困難な事情にある場合
⇒ その障害が消滅した時から3か月経過するまで(民法第百六十一条)
A 時効期間満了日前6か月以内の間に未成年者又は成年後見人に代理人がない場合
⇒ その未成年者若しくは成年後見人が行為能力者となった時又は法定代理人が就職した時から6か月を経過するまで(同法第百五十八条第一項)
2 国の金銭債権に係る消滅時効について
金銭の給付を目的とする国の金銭債権(以下「国の金銭債権」といいます。)においても、会計法(昭和二十二年法律第三十五条)により、普通地方公共団体における地方自治法と同様の規定がなされています。
(1) 時効期間
国の金銭債権であって、時効期間に関し、他の法律に規定がないものは5年間(会計法第三十条)
(2) 時効の援用について
国の金銭債権の時効による消滅は、別段の規定がないときは、時効の援用を要しません。
また、金銭の給付を目的とする国の金銭債務(以下「国の金銭債務」といいます。)についても、同様となります(会計法第三十一条第一項)。
(3) その他の時効の完成猶予止、更新その他の事項について
@ 時効の完成猶予及び更新その他の事項に関する法の準用
国の金銭債権について、時効の完成猶予、更新その他の事項(時効の援用を除きます。)に関し、適用すべき他の法律の規定がないときは、民法の規定が準用されます。
また、国の金銭債務についても、同様となります(会計法第三十一条第二項)。
A 納入の告知と時効の完成猶予及び更新
法令の規定により、国がなす納入の告知は、民法第百五十三条(会計法第三十一条第二項の規定による民法の準用の場合を含みます。)の規定に関わらず、時効の完成猶予及び更新の効力を及ぼします(会計法第三十二条)